鳴り止まない電話、空いたままのロッカー
「また、辞めることになりました……」
管理者として現場に立っていた頃、何度この言葉を聞いたでしょうか。 スタッフの退職届がデスクに置かれるたびに、現場には重苦しい沈黙が流れ、理事長は「またか」と深くため息をつく。不足した人員を補うために、残されたスタッフの負担が増え、さらに現場が荒れていく。
美容クリニックを志す看護師には、それぞれの切実な事情があります。
- 「夜勤続きの急性期病棟で、心身ともに限界だった」
- 「ずっと憧れていた美容の世界で、専門性を磨きたい」
- 「ライフスタイルを変えて、日勤のみの高待遇で働きたい」
志望動機は明確で、募集をかければ応募も集まる。それなのになぜ、彼女たちのロッカーは数ヶ月で空になってしまうのか。そこには、双方にとって不幸な「ミスマッチの構造」が潜んでいました。
「誰でもいい」という焦りが、最大のコストになる
現場が回らない。予約は埋まっている。一刻も早く人が欲しい。 そんな極限状態の中で、採用の基準が知らず知らずのうちに歪んでいく瞬間を、私は何度も目にしてきました。
「とにかく、明日から動ける人を」 「紹介料を抑えたいから、条件は二の次でいい」 「即戦力以外は教える余裕がないから、経験者なら誰でもいい」
理事長が抱く「焦り」は、時に判断を曇らせます。 エージェントから送られてくる履歴書のスペックだけに目を奪われ、その方の価値観や、現在のライフステージで何を最優先しているのか、という本質的な対話を後回しにしてしまう。
結果として、現場に入った途端に「思っていた業務内容と違う」「クリニックの文化に馴染めない」という齟齬が生まれ、数週間でまた退職届が届く。 焦って行った雇用こそが、実は最も高くつく「コスト」になっていることに、気づかなければなりません。
「素顔」を引き出す——採用プロセスの再設計
この負のループから抜け出すために、私が実践してきたのは、採用を「点」ではなく「線」で捉える構造的なデザインです。
その鍵は、「シチュエーションを変えた、多角的な対話」にあります。
静かな応接室での面談だけでなく、実際に現場の空気を感じてもらいながら歩く、あるいは少しリラックスした空間で対話をする。短期間のうちに設定を変えて何度か言葉を交わすことで、履歴書の一行からは見えてこない、その方の「本当の顔」が浮かび上がってきます。
「この方は、技術は高いけれど、今の私たちのチームが大切にしている『静かな対話』に馴染めるだろうか?」
条件のすり合わせを最後に行うのは、こうした価値観の検証を終えた後です。手間はかかりますが、これこそが、互いの人生を無駄にしないための「防波堤」となるのです。
「優秀な人」を待つより、「共感する人」を育てる
もちろん、職場はは学校ではありません。 しかし、自院のパズルに完璧にハマる「既製品の優秀な人材」を待ち続けるだけでは、組織の血流は滞ったままです。
私が大切にしているのは、「カルチャーへの共感がある人を選び、プロへと育てる覚悟」を持つことです。
たとえ経験が浅くても、私たちが目指す組織のあり方に深く共感してくれる人であれば、教育という「構造」によって必ず輝き始めます。採用を「欠員を埋める作業」から、「組織の未来をデザインするプロセス」へと変える。
その意識の転換こそが、離職の連鎖を断ち切り、結果としてクリニックに安定した利益と健やかな活気をもたらす最短ルートになると、私は自らの経験から確信しています。

